水の浄化対策で30年

技術士(衛生工学) 辻 通夫氏

スタートは高度成長期の化学繊維会社

私が社会人のスタートを切ったのは高度成長時代の幕開けと言える1960年であった。その頃は環境問題に取り組む事は全く頭の中にはなかったが将来はできるだけ多くの業種の事業に関わりたいと考えて、多種多様な装置が並んでいる化学繊維会社に勤める事とした。化学繊維の製造工程は前半が原料調合、反応、遠心分離、溶解、濃縮等の化学装置が並んでおり、後半は紡糸、延伸、熱処理、乾燥、切断、梱包等の繊維機械で構成されている。

ここでは化学繊維プラントの設計が最初の仕事であったが、当時は設計の仕事は外注せず、すべて社内で実施していたので、先輩の指導を受けて細部にわたって技術を吸収できたと思っている。この会社では1960年から1970年の10年間で繊維の生産量は1日当たり20トンから200トンへ10倍になりその間設備の増設に関わって、設計・開発・建設・維持管理等の業務を担当した。

環境保全との関わり―貧弱な設備―

10年経って増産ブームは頭打ちとなり、私は工場の蒸気・電力・水・空気等を供給する動力部門を担当する事となった。この動力部門では当時問題化し始めていた排水、排ガス等の環境保全の実務も担当し、地元・市役所への窓口担当の環境保全課と共同で作業をしていた。環境保全の仕事といっても、排水・排ガスを処理する設備らしきものは何もなく、排水温度を下げる曝気冷却塔とガードベースンがあっただけで、排ガスはボイラーで使用する重油の硫黄分の濃度を管理・調整して規制値内におさめる程度であった。

生産規模が10倍になっても環境対策は殆どしていなかったことになる。でもこの会社には自家発電設備もあり蒸気・電気の供給と使用に関する熱管理の勉強ができた事は環境保全業務と併せてその後の環境関係の事業に携わっていく上で非常に役に立ったように思う。この時期は高度成長も鈍化し、それまでなおざりにされていた環境問題が大きく取り上げられるようになってきていたので転職を考え、第二の勤務先として排水処理プラントメーカーでお世話になることになった。

排水処理会社へ転職―ソフトが重要―

排水処理には排水の種類により大きく分けて主に家庭からの排水を処理する下水処理(小規模工場排水を含む)と工場からの排水を処理する産業排水処理にわかれる。私は化学繊維工場での経験をいかして産業排水処理を担当する事になり前勤務先での3年間と併せて30年間水の浄化で飯を食わせていただいた。

コンピュータの利用が進みだした頃からソフト・ハードと言う言葉がよく使われるようになったが、水処理でもソフトが重要な部分を占める。水処理プラントのハード構成機器はタンク・攪拌機・ポンプ・配管が大部分でプラント設計者であれば簡単に設計できそうであるがなかなかそうはいかない。産業排水処理の難しさは、大抵の場合工場の各所から出てくる排水を集めて総合排水として処理することによるものである。即ち各所から連続して一定の排水が出てくれば問題ないが、量・性状とも変動するのが普通であり、これをシンプルな装置でいかに安定した規制値内の排水性状におさめるかが水処理のソフト技術である。

ユーザーの真意把握に苦労

ユーザーから出される仕様書はよほど注意してその内容を検討し、調査しないと設備ができてからの運転で問題が発生し、設備の改造、契約条件の変更等のトラブルが生ずる。これを避けるため設備容量、制御設備、運転方法等に出来る限りの技術を盛り込み計画しても、前述のように見かけは単純な装置の集まりであるため価格面での十分な評価をいただけず、苦労したものである。

又、排水処理設備では大は小を兼ねると言うわけには行かない場合が多い。計画条件に対して量が多かったり、汚濁物質の濃度が高かったりすると排水は計画どおりに浄化されないが、この逆でも浄化が不十分になることがよくある。除去すべき化学物質の濃度が中途半端に低く十分除去できない場合は、いったん分離除去した化学物質を排水に戻してその濃度を高くし、反応しやすくして目的濃度迄さげることはよく行われる。この方法は排水濃度の変動が大きい場合の対策としても有効である。

30年前に手探りで始めた排水処理も経験の上に開発・改良を重ねて日本の技術は今や世界一と言われるようになったが、皮肉なもので低成長の国内では需要が少なくなり今では対策の遅れている海外に目を向けて、国際協力に活用の場を求めていく必要がある。

辻 通夫(つじ・みちお)

1937年生まれ。大阪大学工学部機械工学科卒業後、1960年日本エクスラン工業鰍ノ入社、その後熱管理士資格を取得。1973年叶_菱ハイテックに転職、排水処理設備の設計に従事。1995年に技術士(衛生工学)を取得。1999年同社を退職。2000年技術士事務所を開設し、環境ビジネス、省エネ等でコンサルタントとして活躍中。

先輩技術士として各種勉強会で指導頂いています。

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