自然思人(自称)の感想
阪本技術士事務所所長 阪本 慶二氏
森林を守る潅木
森林を余り見ないで演壇でトウトウとブッテいる連中曰く「森林を伐採すると水害のおそれあり」とばかりを言う。傾斜が急な森林では、木が大きくなり過ぎると、大雨のとき、山が崩れる。
よく考えてみてください当然ですよね。なにごとも経験、愚輩は和歌山大水害のとき、経験しています。なお、大樹ばかりで下に潅木が無いと大雨で急斜面の土が水と共に流れ水が地中に入るのが少なく、したがって洪水のおそれあり、なおなお、潅木は雨水をコントロールしている。(小根がろ過材の役目をしているのでは。水を一時溜めて、一度に多く流さない)
潅木の効用について、愚輩は大樹を守り山崩れを防ぐとしているが、五条の山本孝先生(技術士・林業部門)は、水を良くする(地下水を)といっています。
この潅木や水辺の草木のことを愚輩は文に書いています。酸素 炭酸ガスうんぬん 山(土山)を守る森林うんぬんの時、適当な樹齢を考えなければならないとの説をもっています。
間伐について、下手に間伐をすると、台風のときに残り木が倒される。これも、じっさいに被害にあった人でなければ分からないことです。さらに、間伐材の利用について、割り箸は木の無駄使いだ、と演壇で大声を上げている先生が居るとのことですが。森林をそだてている連中は間伐材を割り箸用にしている。間伐材の有効利用を計っています。
諫早湾の問題とは
諫早湾(以後、湾)うんぬんとさわいでいるが何事かと、あまり気に留めていなかったのですが。過日NHKの放映で有明海と諫早湾の地図をみて「なるほど」と思い、「閑言」。
愚輩が育った有田川の上流には、本流の脇に飛び出た水溜り(池のような)(脇池とします)が、所々にありました。NHKの放映で有明海と諫早湾を見たとき、有明海は本流で諫早湾は脇池と同じだなと思いました。 その脇池は円形のものが多く入り口は狭まり、中は本流よりも浅く、本流が通常の水量のときには、とっても良く澄んでいて、底にも泥がなく綺麗でした。本流から流れ入った水はぐるりと回って出ていました。釣りにいったときには、ソット近寄って針を投げ入れ瞬時にハエがかかるのをたのしんだものです。
この脇池は、本流が大水の時には本流と一体になり、本流の水かさが減っていくと次第に脇池の形を保ち、そのときの水の濁りは、本流よりも濁っていて、本流が澄んでしまっても濁りつづけ、少しずつ流れ出ていったが、本流の濁りがわからないほどでした。 そして、脇池の濁りもなくなったときには、底に泥が残っていた。しかし、いつのまにか、本流の流れが通常になってしまうころには、泥がなくなり、綺麗な脇池になっていました。 とにかく、僅かながらも(手に負えない大水のときは別にして)本流の流れ調整、濁り調整、泥調整をしていたようです。 なお、本流にひととき僅かな泥が流れていったときには、本流の側面を流れていて脇池に入っていたのをたびたび見ました。
山(森林)持ちの愚痴
マア、チョット聞いてやってください、チョット愚痴を。でも、先に言うのはよくないので、昔の金持ちのことを先に。「杉ひのき山をもっとったら、昼寝をしとっても、木がグングン育ちよる。結構なことや」ということで、都会の金持ちは、山奥の山を買っていた。そのころ銀行に金を預けておくよりも木の成長利殖の方が良かったようですが、大金を隠せるからでもあったようでもあります。 大山奥で切った木を調べに行くのは大変な時代(ノウカー)でしたから。でも、愚輩が所帯を持ったとき、親父は森林の皆伐と間伐うんぬんで税務署に追求されていた。そして、愚輩に税務署へ行ってきてくれと度々言う、.愚輩はサラリーマンゆえ行けないというと「お前はアクセク働かんでも食うていける山(森林)がある」と言った。そう言われたから行ったのではなく、そのころ親父は病んでいたから変わりに行ったのだが、往復4時間もかかる税務署へ度々通った。税務署員は山を見に行くと度々行っていたが行かなかった。当時の国鉄の某終点から歩くこと4時間、さらに、当該山に登るには2時間かかるのである。
ところで、その頃山1町歩(7,80年生ぐらいの杉ひのき山)ぐらい売ると、身入りは500〜1000万円ぐらい、なのに、愚輩の月給は3〜5万円ぐらい、よって、1町歩売ると10〜 30年食っていけたのである。ところが、今、山を売ると身入りは前の何分の1、生活費は10倍ぐらい。それから言っておきたいこと、植林後、約15年手入れ費用が毎年約20万円ぐらい(1町歩ぐらい)、その木が売れるのは、80年後なのですぞ。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~sakakeij/
阪本慶二(さかもと・けいじ)氏
1926年生まれ。大阪工業専門学校(旧制)機械工学科卒業後、機械、設計関係の仕事を経て技術士(機械)としてコンサルティング業務を約30年。その間、文学や自然関係、福祉関係など多方面に興味を持ちご活躍。自称「自然思人」。
技術士の先輩として、色々ご指導頂いている。とくに自然との係りについて経験が深く、上記3題を紹介させて頂いた。