「街 に 緑 を」
井上靖彦氏(技術士(化学、総合技術監理),環境カウンセラー(市民、事業者)
山陰の豊かな自然
昨夏、山陰の豊岡市の玄武洞周辺に小旅行をしました。水の豊かな円山川がゆったりと流れ、周りのしたたるほどの緑の景色にみずほの国を満喫しました。まさに「我がふるさとは緑なりき」という、自然の原点に戻った気がしました。
ところが、福知山線で、宝塚まで戻ってみると車窓から見える景色は、なんと貧弱な緑でしょう。舗装道路の上はくるまが走り回り、殺風景なコンクリートと屋根瓦の無機質の町並みに、申し訳程度の緑があるばかりでした。この一帯は街路樹が相当整備されており、街の緑という点ではよい方です。にもかかわらず、玄武洞付近を見てきた目で見ると、実に貧弱な緑であることがよくわかりました。
都市化がもたらしたものは
20世紀は都市化が進み、くるまが爆発的に急増したため、舗装道路を張り巡らせ、緑と潤いを減らした世紀といえます。現在日本は男女とも平均余命は世界一の長寿国となっています。しかし、現在平均余命近くの歳月を生きて来られた高齢の人は、その人の今までの一生の中で、高度に都市化したくるま社会を体験した期間は、直近の20~30年ではないでしょうか。この高齢者がかつて若年から壮年の、基礎体力を作ったり、新陳代謝の激しかった時代は、むしろ緑と潤いのあるきれいな空気ときれいな水に囲まれて過ごすことができたのではないでしょうか。
平均余命の定義は今生まれた赤ちゃんの平均余命を表します。しかし、現在、世界一の長寿国日本で今誕生している赤ちゃんに、また、今新陳代謝の激しい若年や壮年の人に、そのことが当てはまるという保証はありません。
自然との共生に向けて
同じ豊岡市のコウノトリの郷も見学しました。昔はごく普通にいたコウノトリが戦時中の乱獲でとうとう昭和46年に絶滅したとのこと。これではいかんと、コウノトリをロシアから分けて貰って、時間をかけて人工ふ化して増やした結果、現在ではコウノトリが100羽を超えるほどまでになったとのことでした。ドジョウを一日80匹も食べるコウノトリの世話は大変ですが、兵庫県の事業として注力され、関係者の努力で見事に自然の回復が実現されています。近く自然に帰す計画とのことです。そのときは自然の中にドジョウが漁れる環境が整備され、ドジョウがいるためにはドジョウの餌もなければならないという風に、自然の食のサイクルをコウノトリという食の頂上から戻すことになります。
都市化は、いまに始まったわけではなく、遙か明治の時代から人類の経済活動が絶え間なく発展した結果です。 現在緑の豊かな六甲山は、100年前ははげ山だったとのことです。ちょうど昨年は六甲山植林100周年でした。100年前に10種類の木を植林したところ、現在100種類の植物が育ち、いろんな木々が混在したよい山に変身しています。小鳥が木の実を運んだ結果だそうです。自然の回復が始まると連鎖的に自然の力で豊かな自然に戻るよい実例です。
21世紀は、20世紀の人工の都市に緑を取り戻す世紀にもなって欲しいと思います。
井上 靖彦(いのうえ・やすひこ)氏
1938年広島県生まれ。東京大学応用化学科卒業。住友化学、その後広栄化学を通じて主に研究開発に従事。一方でボーイスカウト活動や、化学を好きになる実験教室、地球温暖化防止活動などで青少年の育成活動や市民の活性化活動にも携わっておられる。技術士、環境カウンセラーとしても活躍中。
日頃、技術士や環境カウンセラーとして、また先輩、友人としてご一緒させていただく機会も多く、ご指導いただいている。