「技術と社会の関係について」

鳥井弘之教授(日本経済新聞論説委員、東京工業大学)

1.科学技術の光と影

20世紀は、1946年に真空管式計算機ENIACができて以来、コンピューター、通信技術が発展した。また、ペニシリンの発見や遺伝子の二重らせん構造の発見が生命科学の大きな進展につながり、人類は大きな恩恵を受けてきた。一方、大量破壊兵器や公害病、原子力発電所の事故などの問題が発生した。また、最近ではフロンによるオゾン層破壊や地球温暖化など科学技術に支えられた文明が問題を引き起こす例や、情報技術、生命科学、ナノ技術などの先端技術が、新たな問題、不安を引き起こしている。

2.科学技術コミュニティへの不安とニーズの充足の中で

先端技術進展の中でクローン人間の誕生など「科学技術者の暴走」への懸念や、「科学技術者は本当に有能か」などの想定外の疑問、水俣病や東海村のJCOの原子力事故、薬害エイズ問題などから「科学技術者は情報隠しや嘘ばかり」で専門家の言うことは信用できないなどの不信が拡大している。

これには、科学技術の進展に伴い、欲しいものが充足され、残されたニーズは「高齢化に伴う介護」と有機農業など「安全に対する欲求」くらいになったことによっている。携帯電話にしてもカメラまでつける必要があるのかというように、ニーズが充足されてきた現在では、リスクがあるならいらないと科学技術者に対する受け止めが「不要なものを考える人」「頼もしい人達から怪しい人達」に変質してきている。

3.社会の干渉が始まった!

かつて、社会は無関心で科学技術による成果の享受だけであったが、関心が変化し「まずは反対運動」がおこり、「情報公開」、「市民参加」、「技術者倫理の要求」、「評価実施の要求」、「法などによる規制」が求められる。いまや、市民との関係を改善するために「技術社会学」を構築し、社会との関係を真剣に考え、「リスクコミュニケーション」を利用して対話の場、「科学的議論ができる社会の知的基盤」を作る必要がある。

4.技術社会学と社会の知的基盤づくり

「技術社会学」の要素として「技術哲学の再構築」:技術が目指すべきもの、不確実性への対応の考え方など。「技術経済学」:基礎研究の評価など、「技術法律学」:技術の発展と法制度など。「技術政治学(政策学)」、「技術国際関係論」、「技術倫理学」、「技術の生態学」 などが挙げられる。

社会は一般に複雑な議論が苦手であるが、社会との関係作りのためには @「複雑な因果関係を認識できる市民」を増やすことは必要。たとえばマングローブ林の破壊とエビの養殖の関係は複雑な因果関係をもっている。

A数字の意味について、石油の可採埋蔵量やダイオキシンの測定精度の理解などが必要。

B確率の持つ意味を理解することも必要。原子力の事故、交通事故、地震の確率など専門家でも確率は理解しない面がある。

科学技術を合理的に議論する基盤を作るために各地に「科学技術の民生委員」を配置し、リスクコミュニケーションのファシリテーターを養成し、社会の要求を吸い上げて対話を実践していきたいと考え、活動を始めている。

Q&A

Q:科学技術の民生委員とは?

リスクコミュニケーションのファシリテーター(すり合わせをする人)である。対話の場において、中間に立って主催し、住民側への橋渡し役。インタープリッターも同様。

Q:技術のフィロソフィーとして、原子力利用はウランよりトリウムの方がよいとの考え方がある。

はじめにウランに進んだが、技術はニーズを認識できれば対応できる。ウラン、プルトニウムのほうが再処理のプロセスなどの扱いもよく分かっているし、将来性があると思う。

Q:新聞記事にはでたらめが多いとの指摘があるが。

新聞は商業主義の中で活動している。売れるものにするため、誇張もあるが、面白い記事にしないと読んでもらえない。メディアに頼るのは限界もあるが、書き過ぎないよう努力している。裁判にも「多少の誇張はあるがやむをえない。90%は正しかった。」のような判例がある。

Q:科学技術の哲学というか学問の進展について。

政策論は色々ある。「社会理工学部」では社会との係りを研究しているが、まだ個別的であり、体系化は初期段階で、これからといったところである。

Q:原子力の事故について米国のスリーマイル島の事故は?

住民は避難したので被爆はしていない。リスクコミュニケーションからの解説例は少ないが、フランスは事故の本質をよく把握していたように見える

Q:科学と技術の関係について。地震の確率についてどのように考えるのか。

国による生い立ちに差がある。日本では先にテクノロジーが発達し、科学はこれをサポートする関係であったが、欧米では科学は「神の摂理」として大学で取り上げてきた。最近ではその差が狭くなってきている。また、最近ではプロといわれる人が当てにならないと思われてきている。

Q:安全性について、事故時の責任の追求より原因の追及が重要ではないか。

かつて事故が発生すると欧米の資料をもらって対応した。現在は原因追及のため免責が必要という意見が強いが、これに抵抗する勢力・存在もある。

Q:科学技術の民生委員はよい提案と思うが、具体的な活動のイメージは。

博物館、科学館のようなものを拠点として有志が集まって看板を掲げ、ガイドラインを作って教材の開発、リスクコミュニケーションのファシリテーターとしてスキル作りと人材の養成が必要である。たとえば、しゃべりすぎず、若干住民よりで分かっていることに質問するなどである。

Q:高齢化社会の中で民生委員としては幼稚園と養老院との交流など躾の心を育てることも必要では

人間の神経には交感神経と副交感神経があるように、目上の人に対する気持ちや譲り合いなど副交感神経系の活動も重要と思う。

Q:技術者は頼もしい人から怪しげな人に変わってきたり、マスメディアの介入を受けて板ばさみになることもある。

社会の声に耳を貸そうという姿勢、コミュニティの「なぜ?」にアンテナを張ることが大切。

Q:文明と文化について、文明は20世紀に出つくした感がするが。

文化の重要性については大賛成で、科学技術は文化を作るものでもある。ガガーリンが宇宙から地球を見たことで、地球環境問題が顕在化した面がある。相互理解を深める道具として科学技術を捕らえるとどういう文化を創るかという認識に繋がっていく。

コメント

技術系の数少ない論説委員として、社会と技術の関係を興味深く解説して頂いた。原子力対策、技術士の倫理規定づくりにも係られ、技術士への期待の大きさも感じられた。

講師プロフィール

1942年生まれ。東京大学工学部修士課程修了後、日本経済新聞社に入社。1987年から論説委員。科学技術に関する政府関係等の委員を歴任。2002年から東京工業大学教授。

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