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第9号見出し

「政策形成の日米比較 ―官民の人材交流―」小池洋次著 中公新書 

小池洋次氏著、中公新書、1999発行。筆者は日経新聞記者から論説委員、ワシントン支局長を経て現在は関西学院大学教授。技術者として政策形成は異質な世界と思い込んでいたが、新野幸次郎先生(元神戸大学学長,現(財)神戸都市問題研究所理事長)と面談した際、米国のワシントンにはシンクタンクが100もあり、政策形成に深く関わっているとの記述がある標記の本を推薦して頂いた。

1990年代、日本は「失われた10年」といわれて苦しんだ時期、米国はクリントン政権の下、米国経済は「一人勝ち」といわれるほど再生した。本質的な問題は双方の政策形成過程の違いにある。

米国には「官僚独占」は存在せず、政治の側も政策形成能力を持ち、優秀な人材を広く民間から募り、登用する「政治任命制度」がある。情報通信革命とそれによる経済のグローバル化の世界経済の大変化の中で、意思決定や行動力のスピードが要求され、米国はこれに対応してきた。

日本は官主導の旧態依然としたシステムの中で、国際競争力はあまりにも見劣りし、ビッグバンの遅れや経済のバブル化をもたらした政策ミスが繰り返された。国民の全てに多大な影響を与える政府の政策のあり方を変えることが真の改革だ。官民の双方向の人材異動が重要である。

1.米国の政策形成

 ワシントン政府には、主役として民間から政治任命で政府の要職についた人々が、知性をぶつけあう。クリントン大統領をはじめ政府の指導者は、政策について度肝を抜かれるほど説明能力を持っている。ワシントン市内には著名なシンクタンク、大学、弁護士事務所がひしめく。市内には100のシンクタンク、全米では1000の民間・非営利のシンクタンクがあるという。これらは政府の人材登用のプールであり、政権での経験を元に政策論争に加わり、政権入りを目指して、人材がひしめき合う。政策形成にこだわり、これに参画し、貢献しようとする意志の強さとエネルギーは凄まじい。シンクタンクや大学は政策に関するアイデアを競い、政権や議会はこれを取り入れようとする。ここから生まれた著名人は綺羅星のごとくである。

 国務省にずらりと並ぶ旗を見ると、日本は百数十ヶ国の一つでしかないことに気づく。国務省は世界を相手にしているのである。

 例えば1993年の米国と1998年の日本の経済再生を比較する。米国の動きは早くクリントン大統領は「国家経済会議」の陣容を整え経済重視の対策を推進し、経済政策が固まっていった。その後、議会の承認を得て、米国経済は再生が始まり、5年後には黒字転換した。

 一方、5年後の日本は小渕政権下で樋口広太郎等10名の「経済戦略会議」が発足した。しかし、権限がはっきりせず、影響力を行使できず、限界があった。

2.被政治任命者らの実像

W・ペリー氏は1994年に国務長官になったが、元は数学とエンジニアリングで博士号をとった学者である。この時期、北朝鮮、日本、中国に対する3つの危機を乗り越えた。①北朝鮮の核開発疑惑、②沖縄の日本人少女レイプ事件、③台湾海峡危機である。氏は国防関係の知識、ビジネス、政策の全てに精通し、アジアに関する理解をもってこの局面を乗り越えた。日米安保は強化され、米中関係は修復したのである。民間からの登用者には、国家意識、熱意、アイデア、権力欲、名誉欲などの混じった世界がワシントンにあるといえる。一方で政府高官は、退官後非難されないよう、政策立案・運営において透明性が高まることになるし、国民にとっては、政策が身近である。

3.政治任命制度を支える仕組み

 ワシントンにはシンクタンクなど、政策形成に関与する組織は、この30年ほどで急増した。シンクタンクは非営利・独立の組織である。日本よりはるかに独立性を維持できている。米国のシンクタンクは「受け皿」であるとともに人材のプールであり、政府高官になる前の「待機ポスト・養成所」でもある。

 一方、日本では政権にとって社会科学系の学者は「隠れ蓑」か「代弁者」としての機能であり、役所の側は学者のアイデアを取り入れようという意識は低い。システムが問題である。

4.アメリカ的なるもの

 米国の社会・風土は官に厳しい伝統がある。①「官尊民卑」とう意識はない。「権力は増殖し、それは決して国民のためにはならない。」との意識がある。したがって、民間から政府に入った高官たちは官の世界をチェックする。「ワシントンポスト」の社主はウオーターゲート事件で、ニクソン大統領の権力と戦った恐怖の中で、「真実の追究に際し、それが大衆の利益にかなうなら、新聞は物質的財産を犠牲にすることも覚悟すべきである。」とした。

日本では「共同体」として会社や役所というところに帰属意識を求めるという。米国では、守るべき規範は憲法であり、法律であり、宗教的戒律である。会社や役所は職場でしかないのである。

90年代に日本が衰え、米国の経済が再生したのは、「個の確立」と「普遍的価値基準」といえる。

米国社会ではもう一つ平等概念がある。「機会の平等であって、結果の平等を意味しない。」ここから生まれた社会システムから、日本の政治システムの問題を学ぶことは多い。

5.日本への問いかけ

①日本病の根源
  日本は「改革」について問題を矮小化してしまい、「何を」「どうやって」までは語らない。特に行政や政治の改革は本質を素通りしてしまう。問題の核心は、政策の形成・決定過程にあり、世界がグローバル化する中で、質の面でもスピードの面でも時代遅れである。

②米国に学ぶ

  1. 民間の頭脳や識見、経験を活用する。
  2. 政策の変更が容易。
  3. 政策の決定スピードが増す。
  4. 官の情報が民間に流れ、蓄積される。
  5. 政策決定に幅広く関与し、国民の参画意識も高まる。
  6. 政策決定の透明性が高まる。
  7. 学界の知的活動もより実践的になる。

③日本も変わり、民間の人材活用を
  世界の変化のスピードは加速度的に増している。周りが変わるときに、自分がじっとしていれば、相対的に退歩していることになる。政治システムについても国民意識についても、変化の時代に対応しなければならない。政策形成のあり方を変えるため、現在の仕組みをもっと広範に、もっとダイナミックに変えなければならない。

④提言――日本をこう変えよう
  「米国型政治任命制度」の導入は難しいと思ってしまう。しかし現行法の体系で出来ることは多い。 官民を上げた適材適所のシステムとして、シンクタンクという「受け皿」は重要である。

コメント

 「関西を元気に! 技術士の提言」をフジサンケイビジネスアイ(日刊紙)に日本技術士会環境研究会が編集協力して12回シリーズの連載を行い、原案作りに参画した。政策形成について、小川洋次氏監修による近著「政策形成」を読むようにとの新野先生の再度のアドバイスを受けて、読み直した。

幅広に日本の実情が取り上げられており、政策形成のために、現在のシステムの弱点が具体的にイメージできた。大きなテーマであるが、継続してこの課題に取り組みたい。 

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